東京高等裁判所 平成3年(行ケ)273号 判決 1992年10月22日
東京都品川区小山1丁目3番3号
原告
天昇電気工業株式会社
同代表者代表取締役
菊地将孔
同訴訟代理人弁護士
福原弘
同
白井徹
同訴訟代理人弁理士
田辺敏郎
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
同指定代理人
柳五三
同
武井英夫
同
加藤公清
同
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者双方の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が昭和62年審判第7025号事件について平成3年9月26日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和57年6月17日、名称を「合成樹脂体と金属体の接合構造及びその接合方法」とする発明(後に名称を「合成樹脂体からなるスピーカーボックスと金属体からなる音発生用ネット部材の接合方法」と補正、以下「本願発明」という。)について、特許出願したところ、昭和62年2月3日拒絶査定を受けたので、同年4月22日査定不服の審判請求をし、平成2年8月16日出願公告された(平成2年特許出願公告第36380号公報)が、東哲郎から特許異議申立がされ、平成3年9月26日「本件審判請求は、成り立たない。」との審決がされ、その謄本は同年11月6日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
スピーカー部材のボックス構成部材たる熱可塑性合成樹脂体と金属体よりなる音発生用ネット部材の接合において、前記合成樹脂体と音発生用ネット部材の端縁部分との接合設定個所を加圧当接し、高周波溶着加工手段により、前記音発生用ネット部材の全端縁部分を同時に合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させることを特徴とする合成樹脂体からなるスピーカーボックスと金属体からなる音発生用ネット部材の接合方法
(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 本件出願前に日本国内で頒布された、昭和55年実用新案登録願第46093号(昭和56年実用新案出願公開第149488号公報)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和56年11月10日特許庁発行。以下「引用例1」という。別紙図面2参照)には、「周辺全域に折曲部を設け、この折曲部に透孔を設けた金属製のパンチングネットと、上記パンチングネットの厚さとほぼ同じかまたはわずかに大きい幅の溝を設けた樹脂製の取付部材とを備え、上記パンチングネットの折曲部を上記取付部材の溝に挿入し、上記溝の内部で溶着するようにしたパンチングネットの取付装置。取付部材としてスピーカーキャビネットを使用し、上記スピーカーキャビネットの放音孔の周辺に前面から溝を形成したことを特徴とするパンチングネットの取付装置」(クレーム1、2)及び「第3図に示すように溝1cにパンチングネット2の折曲部2bの端部を挿入し、パンチングネット2の上面に熱板を当てて加圧すると、熱板3の熱がパンチングネット2を介してその周辺端部にまで伝導され、溝1cの壁面が上記熱によって溶解される。そして溶解した樹脂は第5図に示すようにパンチングネット2の透孔2cの内部に流れ込み、この状態で硬化するため、パンチングネット2の周辺全域をキャビネット1にしっかりと固定することができる。したがって、スピーカーの音響出力によってパンチングネット2にびびりが生ずるようなことはない。」(3頁18行ないし4頁9行参照)並びに「溶着は超音波で行ってもよい。この場合は超音波に周期してパンチングネットが振動し、キャビネット1との接触部分に摩擦熱が発生し、この摩擦熱によって樹脂を溶解する。このようにしても同様の効果が得られる。」(4頁16行ないし20行参照)と記載されている。
同じく、刊行物の昭和55年特許出願公開第65516号公報(以下「引用例2」という。別紙図面3参照)には、「金属片には成形品との嵌合部に穴部または切欠けを設け、成形品には前記金属片との嵌合溝の少くとも一部に熔融部を設け、前記成形品全体もしくは熔融部を熱可塑性樹脂にて構成するとともに、前記金属片を高周波誘導加熱装置に結合して加熱したとき、前記成形品の熔融部が熔融して前記成形品の穴部または切欠けに充填され、前記金属片の離脱路の一部を実質的に遮断するよう熔着されることを特徴とする金属片と成形品の熔着方法。」(クレーム1)が記載されている。
(3) 本願発明(以下本項においては「前者」という。)と引用例1に記載されたもの(以下本項においては「後者」という。)とを対比すると、両者は、スピーカー部材のボックス構成部材たる熱可塑性合成樹脂体と金属体よりなる音発生用ネット部材の接合において、前記合成樹脂体と音発生用ネット部材の端縁部分との接合設定個所を加圧当接し、加熱手段により加熱することにより前記音発生用ネット部材の全端縁部分を同時に合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させる点で一致しており、ただ、前者においては、熱可塑性合成樹脂体と金属体よりなる音発生用ネット部材の接合に高周波溶着加工手段を用いているのに対し、後者においては、熱板又は超音波により接合する点で相違している。
(4) 上記の相違点について検討すると、穴部を設けた金属片と嵌合溝を設けた成形品とからなり、成形品の嵌合溝の少なくとも一部に熱可塑性樹脂製の溶融部を設け、金属片が高周波誘導加熱されることにより、熱可塑性樹脂部が溶融されて穴部に充填され両者を一体にすることが引用例2に記載されているから、後者に記載されたスピーカーボックスと音発生用ネットの接合のための加熱手段として引用例2に記載された高周波誘導加熱手段を適用して本願発明を構成することは、当業者にとって格別の創意工夫を要することなく容易に考えることができることであるといえる。
(5) 以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
引用例1及び引用例2に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例1記載のものに審決が認定したとおりの相違点があることは認めるが、審決は、一致点の認定を誤り、他に相違点があることを看過しているし、また、本願発明と引用例2記載の発明との技術的思想の差異を看過したうえ容易推考性の判断を間違った結果相違点の判断を誤っているから、違法であり、審決は取消を免れない。
(1) 一致点の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由1)
審決は、本願発明と引用例1記載のものとは、スピーカー部材のボックス構成部材たる熱可塑性合成樹脂体と金属体よりなる音発生用ネット部材の接合において、合成樹脂体と音発生用ネット部材の接合設定個所を加圧当接し、加熱手段により加熱することにより音発生用ネット部材の全端縁部分を同時に合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させる点で一致し、接合に際して本願発明が高周波溶着加工手段を用いているのに対して引用例1記載のものにあっては熱板又は超音波で接合する点のみが相違すると認定している。
<1> しかし、本願発明では、合成樹脂体と音発生用ネット部材の端縁部分の接合設定個所を加圧当接し、高周波溶着加工手段により、楔を打ち込むように音発生用ネット部材の全端縁部分を同時に合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させる構成をとり、この構成により、ネット部材の全部の端縁部分を同時にかつ短時間にかつ容易な作業性でスピーカーボックスに溶着係合するものであるとともに、その溶着係合も当該接合部分におけるスピーカーボックスの溶融樹脂がもぐり込んだネット部材の各端縁部分に絡み纏わりつつなされることから強固になされ相当な引抜力がネット部材に加わってもネット部材はスピーカーボックスから抜去され得ないのである。これに対し、引用例1記載のものには高周波溶着加工手段によるもぐり込み溶着なる構成は存在しない。すなわち、溝内で溶融し溶解した樹脂が、溝内に挿入されてなるパンチングネットの透孔に流れ込み硬化し固定するもので、パンチングネットは本願発明のようにキャビネットにもぐり込み溶着係合するものではない。したがって、審決の一致点の認定は誤りである。
<2> また、引用例1記載のものにおいては、ネット部材とほぼ同じかわずかに大きい幅の溝の形成を要するが、本願発明ではこのような溝の形成を要することなく、高周波溶着加工手段で音発生用ネット部材の全端縁部分を同時に合成樹脂体内にもぐり込み溶着させる構成をとっており、このため引用例1記載のものと異なり短時間で容易な作業性の下で作業を行うことができるという効果を持つ。したがって、審決は、相違点を看過している。
この点に関し、被告は本願発明は溝の形成を要しない構成をとっていないとはいえないと主張する。しかし、明細書に記載された本願発明の技術的課題からして、また、その作用効果についての「熱可塑性合成樹脂製スピーカーのボックスにおける音発生用金属製ネット部材の接合において、高周波誘導加熱により高温化されたネット部材の端縁部分をスピーカーボックスに加圧当設させ、それにより楔を打ち込むが如く、ネット部材の全部の端縁部分を同時に且つ短時間に且つ容易な作業性でスピーカーボックスに溶着係合するものである」(本願発明の出願公告公報(以下「本願公報」という。)4欄2行ないし8行)との記載及び「従来例で示された如き、数多くのネット脚部、数多くの嵌合孔の形成あるいは嵌入のための押入作業、数多くの接着剤塗布作業等は不要であることから作業効率、生産効率も一段とアップするとともに作業環境も一段と向上するものである」(本願公報4欄21行ないし26行)との記載から本願発明の接合設定個所における合成樹脂体にはこのような溝が存在しないことは明白である。
(2) 相違点判断の誤り(取消事由2)
審決は、引用例1記載のものに引用例2に記載された高周波誘導加熱手段を適用して本願発明を構成することは当業者にとって格別の創意工夫を要することなく容易に考えつくと断定している。
<1> しかし、技術的思想の差異を検討することなく、単に成形品と金属片の接合に高周波誘導加熱手段が用いられているという理由のみで引用例1記載のものに引用例2記載の技術を適用したことは誤りである。
すなわち、引用例2記載の技術は、テープレコーダー等におけるボタンのような成形品とボタン金具のような金属片との取付に関する改良技術であり、明細書に記載されたように「従来、テープレコーダ等においては成形品よりなるボタンを取付けるボタン金具は該ボタン金具を取付けるボタンフレームの細い溝穴を通して組付けるため予めボタンとボタン金具を固着しておくことができず、またボタン金具とボタンフレームの組付後ではボタン金具をボタンにインサートする成形加工が不可能となり、従って、両者を固着するには接着剤によるか、またはどちらかに離脱防止の機能を付与するしかなかった。しかし乍らボタンまたはボタン金具のいずれかに離脱防止の機能を付与する方式では未だ実用的に価値あるものはなく、接着剤による場合には非能率的で、乾燥に時間がかゝり、また接着剤の種類や乾燥方法によっては、接着剤が乾燥するときに発生する気体によりボタンが変色したり、テープレコーダの操作のような大きな衝撃のかかる場合には接着の強度が不足したりして、この問題の解決はテープレコーダメカニズムの生産性に大きく関与するものとして重要な課題となっていた。」(1頁右下欄7行ないし2頁左上欄7行)という欠点を解決するために案出されたもので、引用例1記載の技術とはその技術的課題を異にし、それに起因して構成も全く異なり、当然作用効果も引用例1記載の技術とは異なるものである。
<2> 審決が、引用例1、引用例2記載のものから容易に本願発明を想到し得るとしたのは、容易推考の判断を誤ったものである。
すなわち、引用例2記載の技術は、金属片には穴部又は切欠けを設けるとともに、成形品には嵌合溝と嵌合溝の一部に熱可塑性樹脂の溶融部を設け、金属片が高周波誘導加熱されることにより、熱可塑性樹脂部が溶融されて金属片の穴部又は切欠けに充填され両者が一体となる技術であるのに対し、本願発明には、引用例2記載の発明のように成形品に嵌合溝を設けさらにこの嵌合溝に溶融部を設け、金属片に穴部又は切欠けを形成する等の構成が存在せず、他方、高周波溶着加工手段により金属体よりなる音発生用ネット部材の全端縁部分を同時にスピーカー部材のボックス構成部材たる合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させるという、引用例2記載の発明には全く存在しない構成がとられており、両者は、技術的課題、構成、効果のすべてにわたり全く異なる技術で、本質的にその技術的思想を異にするものであり、引用例2記載の発明を適用しても、到底本願発明は想到されない。
そして、本願発明は、金属体からなる音発生用ネット部材とスピーカー部材のボックス構成部材たる合成樹脂体の接合に際し、これを短時間で容易な作業性の下で行うために、接合設定個所を加圧当接し、高周波溶着加工手段によりネット部材の全端縁を同時にスピーカー部材のボックス構成部材たる合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させるという独創的着想に基づくものなのである。
第3 請求の原因の認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。
(1) 取消事由1について
<1> 引用例1の実用新案登録請求の範囲の記載及び考案の詳細な説明の記載によれば、引用例1記載のものにおいても、パンチングネットは本願発明同様にキャビネットにもぐり込み溶着係合されるものであり、審決が、両者は、加圧当接し、加熱手段により加熱することによりもぐり込み溶着係合させる点で一致するとした認定に誤りはない。
<2> また、本願明細書の特許請求の範囲において、熱可塑性合成樹脂体のネット部材との接合設定個所をどのような形状にするか何ら限定していないから、本願発明が引用例1と異なり、溝の形成を要しない構成をとっているとはいえない。
(2) 取消事由2について
<1> 引用例2の特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載によれば、透孔を有してなる金属製物品と熱可塑性樹脂との溶着接合において、金属製物品を加圧加熱し、金属製物品の熱により溶解した熱可塑性樹脂を金属製物品の周囲及び透孔の内部に流し込み、この状態で硬化させ接合するものである点で引用例2記載の技術は引用例1記載の技術と同様であるから、引用例2を引用して引用例1記載のものにおける金属製物品であるパンチングネットを加熱する手段として高周波誘導加熱装置を用いるようにし、本願発明を構成することは、当業者にとって容易であるとした審決の判断に誤りはない。
<2> 前記のとおり、高周波溶着加工手段(高周波誘導加熱装置)を用いる点は、引用例1記載の技術と同様の技術を開示している引用例2に記載されているから、引用例1記載のものにおいて、加熱装置として引用例2記載の高周波誘導加熱装置を用いて本願発明を構成することは、当業者にとって格別の創意工夫を要することなく、容易に考えることができるものであり、原告主張の本願発明の効果も引用例1記載のものと比較して格別なものではない。したがって、審決の容易推考性の判断は妥当である。
第4 証拠関係
本件記録中の証拠目録の記載を引用する(以下に摘示する書証は、いずれも成立について争いがない。)
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 甲第2号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本願発明は、スピーカー部材のボックス構成部材たる合成樹脂体と金属体からなる音発生用ネット部材の接合方法に関する(本願公報1欄12行ないし14行)。
各種キャビネット、例えばステレオ、カーステレオ等のスピーカーにおける合成樹脂体のボックス部に取り付けられる音発生用金属製ネット部材のように、合成樹脂体と金属体との接合が要求される器具は近年増えている。従来、例えば第1図に示すスピーカーのボックス構成部材たる合成樹脂体1に音発生用ネット部材2を接合する方法として、ネット部材2に数多くの脚部3を形成し、この脚部3を合成樹脂体1に穿孔した嵌合孔部4に差し込み折り曲げた後接着剤5で合成樹脂体1裏面の脚部3折曲げ個所及び合成樹脂体上面の接合部全周に固着する方法があった。しかしこのような方法では、接着剤が大量に用いられたことから、汚れ、不良が多く発生し、また接着剤の不完全な状態での固着による嵌合孔部4からの音漏れ不良の発生、ネットの変形による不快な振動音の発生という致命的な品質不良も生じた。さらに、その作業性においても、ネット脚部形成のため脚先端部までネット材料を要し、数多くの脚をカット形成し、多数の嵌合孔内へ押し入れるなどの困難で複雑な作業を余儀なくされるとともに、脚部が不揃いのときは押入作業が困難になる問題点もあり、また、接着剤により作業者の手が汚れ、接着剤特有の異臭内での作業を強いられるなど作業効率、生産効率上著しい難点があった。
本願発明は、品質、作業効率、生産効率上、これらの従来方法の諸欠点をすべて解決できる合成樹脂体からなるスピーカーボックスと金属体からなる音発生用ネット部材の接合方法を提供することを技術的課題(目的)とする(本願公報1欄15行ないし3欄6行)。
(2) 本願発明は、上記の技術的課題を達成するために本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(本願公報1欄2行ないし10行)を採用した。
(3) 本願発明にあっては、熱可塑性合成樹脂製スピーカーのボックスにおける音発生用金属製ネット部材の接合において、高周波誘導加熱により高温化されたネット部材の端縁部分をスピーカーボックスに加圧当設させ、それにより楔を打ち込むように、ネット部材の全部の端縁部分を同時にかつ短時間にかつ容易な作業性でスピーカーボックスに溶着係合するものであるとともに、その溶着係合も当該接合部分におけるスピーカーボックスの溶融樹脂が、もぐり込んだネット部材の各端縁部分に絡み纏わりつつなされることから強固になされ、相当な引抜力がネット部材に加わってもネット部材はスピーカーボックスから抜去され得ない。さらに、本願発明にあっては、接着剤が不要であることから金属製ネットの変形による乾燥後の不快な振動音、あるいは、嵌合孔も不要であることから嵌合孔のピンホール等からの音もれ不良等、この種スピーカーにおける致命的な欠点が発生するおそれは全くなく、格段の品質の向上を企図することができるとともに、従来例で示されたような、数多くのネット脚部、数多くの嵌合孔の形成あるいは嵌入のための押入作業、数多くの接着剤塗布作業等は不要であることから作業効率、生産効率も一段とアップするとともに作業環境も一段と向上する(本願公報4欄1行ないし26行)。本願発明は、このように顕著な作用効果を有する。
3(1) 引用例1及び引用例2に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例1記載のものに審決が認定したとおりの相違点があることは、当事者間に争いがない。
(2) 原告は、<1>審決が、本願発明と引用例1記載のものとは、合成樹脂体とネット部材の端縁部分との接合設定個所を加圧当接し、加熱することにより音発生用ネット部材の全端縁部分を同時に合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させる点で一致するとした点について、本願発明では音発生用ネット部材の全端縁部分を合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させる構成をとっているのに対し、引用例1記載のものには高周波溶着加工手段によるもぐり込み溶着なる構成は存在しないから審決の一致点の認定は誤っているし、<2>また、引用例1記載のものではネット部材とほぼ同じかわずかに大きい幅の溝の形成を要するのに、本願発明ではそのような溝を形成することを要しないで合成樹脂体内にもぐり込み溶着させる構成をとっている点で、相違点があるのに、審決はこの相違点を看過している、と主張するので、これらの点について検討する。
(3) <1>一致点の認定の誤りについて
甲第3号証によれば、引用例1は、考案の名称を「パンチングネットの取付装置」とする実用新案登録願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムであって、その実用新案登録請求の範囲は、「(1)周辺全域に折曲部を設け、この折曲部に透孔を設けた金属製のパンチングネットと、上記パンチングネットの厚さとほぼ同じかまたはわずかに大きい幅の溝を設けた樹脂製の取付部材とを備え、上記パンチングネットの折曲部を上記取付部材の溝に挿入し、上記溝の内部で溶着するようにしたパンチングネットの取付装置。(2)実用新案登録請求の範囲第1項において、取付部材としてスピーカーキャビネットを使用し、上記スピーカーキャビネットの放音孔の周辺に前面から溝を形成したことを特徴とするパンチングネットの取付装置。」(明細書1頁5行ないし16行)であり、その考案の技術的課題に関して「本考案はスピーカーシステムのスピーカーユニットの前面にパンチングネットを取付ける場合等に用いるパンチングネットの取付装置に関するものであり、簡単な作業で安定な取付けが行えるようにしたものである。」(明細書1頁18行ないし2頁2行)との記載があるが、また、「以下本考案の一実施例について第3図~第5図とともに説明する。(中略)上記構成において、第3図に示すように溝1cにパンチングネット2の折曲部2bの端部を挿入し、パンチングネット2の上面に熱板3を当てて加圧すると、熱板3の熱がパンチングネット2を介してその周辺端部にまで伝導され、溝1cの壁面が上記熱によって溶解される。」(明細書3頁8行ないし4頁3行)との記載及び「なお、溶着は超音波で行ってもよい。この場合は超音波に周期してパンチングネット2が振動し、キャビネット1との接触部分に摩擦熱が発生し、この摩擦熱によって樹脂を溶解する。このようにしても同様の効果が得られる。」(明細書4頁16行ないし20行)との記載もあることが認められる。
この認定によれば、引用例1記載のものにおいて、パンチングネットの上面が熱板を当てられて加圧されると、熱板の熱によりパンチングネットの先端が当接する取付部である樹脂の溝の壁面及び底部がいずれも加熱され、溶解されることが明らかであり、その際加圧もされているのであるから、パンチングネットが溝の底部の軟化した樹脂体内に楔のようにもぐり込むことは見やすい道理であり、また熱が除去されれば樹脂が冷却されてパンチングネットと樹脂が溶着係合に至ることも当然のことである。このパンチングネットと樹脂とが溶着係合することは、引用例1添付の図面第3図と第4図及び第5図とを対比することからも窺い知ることができる。もっとも、上記のとおり引用例1には「溝1cの壁面が上記熱によって溶解される。」と記載されているのみであるが、ことの自然の成行きを考えれば、上記のとおり判断するのに何らの妨げもないというべきである。
そうすると、引用例1にも、合成樹脂体と音発生用ネット部材の接合設定個所を加圧当接し、加熱手段により加熱することにより音発生用ネット部材の全端部分を同時に合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させることが記載されていると判断すべきである。
なお、引用例1に加熱が超音波によってされる場合において加圧することに関しては明示の言及がないが、上記の記載によって明らかなとおり、引用例1には超音波が加熱手段の代替手段として記載されているのであるから、超音波による場合も当然に加圧されることを予定しているというべきであり、その場合も上記の判断が左右されることは全くないといわなければならない。
(4) <2>相違点の看過について
前記(3)における認定事実によれば、引用例1記載のものにおいては、樹脂製の取付部材にパンチングネットの厚さとほぼ同じか又はわずかに大きい幅の溝を設ける構成が採用されていることが認められる。
しかしながら、前記認定の本願発明の要旨を検討したうえで特許出願公告公報である甲第2号証の全部を子細に調べても、本願発明の構成において音発生用ネット部材が当接する合成樹脂体の部分の形状が何らかの限定、特定をされていることを認めることはできず、本願発明が構成として引用例1記載のもの同様の溝を排除している事実は認められない。
原告は、本願明細書に記載された本願発明の技術的課題並びにその作用効果についての「熱可塑性合成樹脂製スピーカーのボックスにおける音発生用金属製ネット部材の接合において、高周波誘導加熱により高温化されたネット部材の端縁部分をスピーカーボックスに加圧当設させ、それにより楔を打ち込むが如く、ネット部材の全部の端縁部分を同時に且つ短時間に且つ容易な作業性でスピーカーボックスに溶着係合するものである」(本願公報4欄1行ないし8行)との記載及び「従来例で示された如き、数多くのネット脚部、数多くの嵌合孔の形成あるいは嵌入のための押入作業、数多くの接着剤塗布作業等は不要であることから作業効率、生産効率も一段とアップするとともに作業環境も一段と向上するものである」(本願公報4欄21行ないし26行)との記載から本願発明の接合設定個所における合成樹脂体にはこのような溝が存在しないことは明白であると主張する。
しかしながら、そもそも発明の構成が発明の技術的課題又は作用効果により当然に特定されるということはできないばかりでなく、本願明細書記載の本願発明の技術的課題に関する記述のどこにも上記引用例1記載のものと同様の溝を設けることを排除する記載はないし、原告が指摘する上記の効果に関する記載により本願発明において上記の溝を設けることが排斥されるとすべき理由はないというべきである(なお、甲第2号証によれば、原告指摘の効果に関する後段部分の記載にいわゆる「従来例」は、上記の溝を伴う引用例1記載のものとは別異の従来技術を指し示すことが明らかである。)。
そうすると、この点に関する原告の主張は失当であるというほかはない。
4(1) 原告は、<1>審決が技術的思想の差異を検討することなく、単に成形品と金属片の接合に高周波誘導加熱手段が用いられているという理由のみで引用例2記載の技術を引用例1記載のものに適用したことは誤りであるし、<2>引用例2記載の発明と本願発明とは技術的思想が異なり、本願発明には独創的着想があるのに、審決が、引用例1、引用例2記載のものから容易に本願発明を想到し得るとしたのは、容易推考の判断を誤ったものである、と主張するので、これらの主張について検討を進める。
(2) 甲第4号証によれば、引用例2は、発明の名称を「金属片と成形品の熔着方法」とする特許出願公開公報であって、その発明の要旨には、「金属片には成形品との嵌合部に穴部または切欠けを設け、成形品には前記金属片との嵌合溝の少くとも一部に熔融部を設け、前記成形品全体もしくは熔融部を熱可塑性樹脂にて構成するとともに、前記金属片を高周波誘導加熱装置に結合して加熱したとき、前記成形品の熔融部が熔融して前記成形品の穴部または切欠けに充填され、前記金属片の離脱路の一部を実質的に遮断するよう熔着されることを特徴とする金属片と成形品の熔着方法」(1頁左下欄5行ないし14行)が含まれており、その技術的課題について「従来、テープレコーダ等においては成形品よりなるボタンを取付けるボタン金具は該ボタン金具を取付けるボタンフレームの細い溝穴を通して組付けるため予めボタンとボタン金具を固着しておくことができず、またボタン金具とボタンフレームの組付後ではボタン金具をボタンにインサートする成形加工が不可能となり、従って、両者を固着するには接着剤によるか、またはどちらかに離脱防止の機能を付与するしかなかった。しかし乍らボタンまたはボタン金具のいずれかに離脱防止の機能を付与する方式では未だ実用的に価値あるものはなく、接着剤による場合には非能率的で、乾燥に時間がかゝり、また接着剤の種類や乾燥方法によっては、接着剤が乾燥するときに発生する気体によりボタンが変色したり、テープレコーダの操作のような大きな衝撃のかかる場合には接着の強度が不足したりして、この問題の解決はテープレコーダメカニズムの生産性に大きく関与するものとして重要な課題となっていた。本発明は上記の状況に鑑みなされたもので、成形品と金属片のインサートによる成形加工の不可能な場合、大きい衝撃に耐える強い固着を要する場合等に利用して、能率的で効果的な金属片と成形品の熔着方法を提供するもの」(1頁右下欄7行ないし2頁左上欄12行)との記載があることが認められる。
(3) <1>引用例2記載の技術を引用例1記載のものに適用することの可否について
前記(2)及び前記3(3)における認定事実によれば、引用例1記載のものと引用例2記載のものの構成は、いずれも、透孔を有してなる金属製物品(前者にあってはパンチングネット、後者にあっては穴を開けた金属片)と熱可塑性樹脂との溶着接合において、金属製物品を加圧するとともに加熱し(その方法は、前者では熱板を当て、又は超音波加熱する方法により、後者では高周波誘導加熱する方法による)、金属製物品の熱によって溶解した熱可塑性樹脂を金属製物品の周囲及び透孔の内部に流し込み、この状態で冷却し硬化して結合するというものであって、両者は、構成のかなりの部分において共通しているというべきであるから、技術的思想において遠く離れているということはできない。したがって、引用例2記載の技術を引用例1記載のものに適用するのに何らの妨げもないといわなければならない。
この点に関し、原告は、引用例2記載の技術は、テープレコーダー等におけるボタンのような成形品とボタン金具のような金属片との取付に関する改良技術であり、引用例1記載の技術とはその技術的課題を異にし、そのため構成も全く異なり、作用効果も引用例1記載の技術とは異なるものであると主張する。
確かに、前記(2)と前記3(3)における認定事実によれば、引用例2には前記のとおりの技術的課題に関する記載があるし、また引用例1には、引用例2記載の「成形品には前記金属片との嵌合溝の少なくとも一部に熔融部を設け」、「高周波誘導加熱装置に結合して加熱したとき、前記成形品の熔融部が熔融して前記成形品の穴部または切欠けに充填され」との構成が記載されていないことが認められる。
しかしながら、もともとテープレコーダもスピーカーも電気機器の中でも音響機器という同一の技術分野に属することは常識であるところ、前記認定事実によればまた、引用例2の発明の要旨の記載においてその発明がテープレコーダのボタンとボタン金具の取付のみに関するものであるとの何らかの限定は全くなく、発明の名称も「金属片と成形品の熔着方法」という一般的なものとされ、前記の技術的課題の記載においてすらも「テープレコーダ等」とテープレコーダ以外の機器をも念頭に置いた記載がされていることが明らかである。そうすると、上記の引用例2の技術的課題に関する記載から当該発明の契機となったのがテープレコーダのボタンとボタン金具の取付に関する技術であることが窺われるとはいいうるものの、引用例2記載の発明は、決してテープレコーダないしはそれに酷似する機器におけるボタンとボタン金具の取付のみに関するものではなく、より一般的に少なくとも音響機器一般において金属片と樹脂からなる成形品とをいかに溶着させるかを技術的課題とした発明であるというべきである。前記のとおり、引用例1記載のものの技術的課題は、パンチングネットの取付装置に関し簡単な作業で安定な取付けが行えるようにしたことにあるから、それと引用例2に記載された技術的課題が全く別異のものであるということはできない。
そして、成形品に熔融部という特別な個所を設けない限り高周波誘導加熱ができないというべきでないことは自明であり、金属製物品が当接する成形品の部分が熱可塑性樹脂であれば、穴部、切欠けを設けなくても金属製物品から熱を伝えられて軟化、溶解することも見やすい道理であるから、上記のとおり、引用例1に引用例2に明示された構成が記載されていないからといって、両者に記載されたものの構成が大きく異なるとはいえないことは明らかであり、当然作用効果についても同様であるというべきである。
そうすると、この点に関する原告の主張は理由がない。
(4) <2>容易推考性について
前記(2)及び前記2における認定事実によれば、本願発明と引用例2記載のものの構成は、いずれも、透孔を有してなる金属製物品(前者にあっては音発生用ネット部材、後者にあっては穴又は切欠けを設けた金属片)と熱可塑性樹脂の溶着接合において、金属製物品を加圧するとともに高周波誘導加熱の方法で加熱し、金属製物品の熱によって溶解した熱可塑性樹脂を金属製物品の周囲及び透孔の内部に流し込み、この状態で冷却し硬化して接合するというものであり、両者は、構成の大部分において共通しているというべきであるから、技術的思想において格別異なるということはできない。したがって、引用例2記載のものから相違点に係る本願発明の構成を想到するのに特段の困難を伴うような技術的思想の差異はないといわなければならない。
この点について、原告は、本願発明には、引用例2記載の発明のように成形品に嵌合溝を設けさらにこの嵌合溝に溶融部を設け、金属片に穴部又は切欠けを形成する等の構成が存在せず、他方、高周波溶着加工手段により金属体よりなる音発生用ネット部材の全端縁部分を同時にスピーカー部材のボックス構成部材たる合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させるという、引用例2記載の発明には全く存在しない構成がとられており、両者は、技術的課題、構成、作用効果のすべてにわたり全く異なる技術である、と主張する。
しかしながら、前記3(4)において検討したところと全く同様の理由で本願発明が引用例2に記載された嵌合溝を排斥しているとはいえない。また、成形品に熔融部という特別な個所を設けなくても高周波誘導加熱をすることができ、金属製物品が穴部、切欠けを設けなくても当接する成形品の部分が熱を伝えられて軟化、溶解することは、前記(3)において触れたとおりである。さらに、甲第4号証によれば、引用例2には、「第1図においては保持具13は上方に位置しており、この状態において成形品3を保持具14に、また金属片21を含むシャーシ2を保持具13の位置決め台52、53、54に取付け、(中略)エアーの圧力によりロッド12を降下させる。」(2頁左下欄5行ないし11行)、「高周波誘導加熱装置4の発振スイッチをONにすると(中略)加熱される。この為、成形品3の熱可塑性樹脂よりなる熔融部31は熔融し始め金属片21の周囲および穴部22に流入する。」(2頁右下欄4行ないし10行)、「熔融が充分行なわれた時点で高周波誘導加熱装置4の発振スイッチをOFFにすると熱可塑性樹脂は冷却されて凝固するので金属片21は第4図(b)に示されるようにその離脱路を遮断されることゝなり、成形品と金属片の熔着は極めて強固となる。」(2頁右下欄18行ないし3頁左上欄3行)との記載があることが認められ、この認定事実と経験則に照らせば、引用例2記載の発明においても、熔融部が熔融することにより、穴部又は切欠けを設けた金属片を取付けたシャーシが保持具に保持されて降下し、その穴には溶けた樹脂が充填され、結果的に金属片も熱可塑性樹脂体内にもぐり込んだに等しい状態となることが容易に推認されるから、引用例2記載の発明が本願発明と構成において全く異なり、技術的思想が異なるということはできない。
したがって、原告の上記の主張も理由がないというべきである。
また、原告は、本願発明は、金属体からなる音発生用ネット部材とスピーカー部材のボックス構成部材たる合成樹脂体の接合に際し、これを短時間で容易な作業性の下で行うために、接合設定個所を加圧当接し、高周波溶着加工手段によりネット部材の全端縁を同時にスピーカー部材のボックス構成部材たる合成樹脂体内にもぐり込み溶着係合させるという独創的着想に基づくものであると主張するが、本願発明の奏する前記2(3)の作用効果は、引用例1記載のものに引用例2記載の技術を適用することにより、当業者が通常予測し得る範囲内のものにすぎず、本件全証拠によっても本願発明が前記予測を超えた格別顕著な作用効果をもたらすと認めるには足りず、以上に詳細に説示したところとあわせれば、この主張も失当というほかはない。
5 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙図面1
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別紙図面2
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別紙図面3
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